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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2348号 判決 1976年8月30日

原告

正田幾子こと

正田乙女

右訴訟代理人弁護士

義江駿

外三名

右補佐人弁理士

安元実一

被告

株式会社 大同

右代表者

原都杭

被告

松尾幸子

右両名訴訟代理人弁護士

松元光則

右補佐人弁理士

小野寺悌二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判<略>

第二  請求の原因

一、原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。

考案の名称 手提袋

出願 昭和四〇年三月二九日

(実用新案登録願昭四〇―二四六一七)

公告 昭和四二年二月二日

(実用新案出願公告昭四二―一七五三)

登録 昭和四三年一月二三日

(第八四〇七六五号)

<後略>

理由

一原告が本件実用新案権を有すること、本件考案の明細書の実用新案登録請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、本件考案は次の構成要件から成るものであると認められる。

(イ)  折畳み自在に構成せる嚢状本体の開口縁両側に上方への環状延長部を連設し、

(ロ)  嚢状本体の下方に偏せる個所周面に相互に噛合しうるスライドフアスナーを止着し、そのスライドフアスナーの務歯に、それぞれ相反する面に引手を有し且つそれぞれ開閉作動を逆方向に向つてなす二個の開閉金具を係合せしめ、

(ハ)  スライドフアスナーの両端辺はこれを本体側縁より外方に突出せしめてなる、

(ニ)  手提袋。

二原告は、被告らは別紙目録記載の手提袋を製造販売していると主張するに対し、被告らは、別紙目録中その説明書に、スライドフアスナーイ、イの両端辺はこれを「本体1の側縁より外方に突出せしめる」とある表示部分を争い、右かぎ括孤部分は「本体1側縁の縫合部より折返し一八〇度折曲げて内方に没入させて縫着し」と表示すべきであると主張する。被告大同製造の手提袋であることについて当事者間に争いのない検甲第二号証によれば、同手提袋におけるスライドフアスナー端辺の構造は、別紙フアスナー端辺部拡大図に記載されたとおりであると認められる。すなわち、被告大同が製造する手提袋は客観的にきまつており、その客観的にきまつているものを、原告及び被告らの方で前記のように表示すべきであると主張していることになる。そこで以下においては、当事者の表示の争いについて判断を要する場合にはこれを判断することとするが、当分は争いのあるまま、右のように客観的にきまつているものを被告製品ということにして、本件考案と被告製品とを対比することにする。

三本件考案のスライドフアスナーに係合される開閉金具は二個であり、その二個の開閉金具はスライドフアスナーの務歯にそれぞれ相反する面に引手を有し、且つその開閉金具はスライデフアスナーの務歯に対しそれぞれ開閉動作を逆方向に向つてなす(前記構成要件(ロ))ものであるのに対し、被告製品における開閉金具は一個であり、従つてそのスライドフアスナーの務歯に対する開閉方向は正逆単一の方向であり、この点において、被告製品は本件考案の構成要件(ロ)を充足しない。

原告は、右に述べたような相違は、本件考案の技術的範囲を判断する見地からすると、単純な設計変更に該当し、被告製品のいわゆる両面フアスナーは本件考案の二個の開閉金具を係合させたフアスナーと均等であるとの趣旨の主張をする。しかしながら<証拠>を総合すると、被告製品において使用されているような開閉金具すなわち一個の金具であつて相反する面におのおの引手を有する開閉金具は本件実用新案登録出願日よりはるか前である昭和一一年頃から知られていたものであることが認められ、右事実からすると右のような開閉金具は本件実用新案登録出願前に公然と使用されていたものと推認することができるところ、このような事情を勘案すると、本件実用新案登録出願人である原告は本件考案にかかる手提袋について開閉金具として右のような金具を採用せず、前認定のような二個の開閉金具を採用したものというべきである。この点に関して原告は、本件実用新案登録出願当時に右に認定したような一個の開閉金具であつてその両面に引手を有するもの(いわゆる両面フアスナー)が周知であり、かつ販売されていることは知らなかつたし、また仮に本件手提袋の考案につき二個の開閉金具を係合させたフアスナーの代りに両面フアスナーを用うる旨を記載して出願したとしても、右考案に対する審査上の評価が本件考案と異なつたとは考えられないとの趣旨を主張する。原告が本件実用新案登録の出願をした当時原告自身いわゆる両面フアスナーが存在していたことを知らなかつたという証拠はないし(証人杉山泰三は、本件実用新案登録出願の代理人であつたが、右出願当時いわゆる両面フアスナーが存在することを知らなかつた旨述べているが、出願代理人が知らなかつたからといつて本人が知らなかつたということにはならない。)、仮にこれを知らなかつたとしても、そのことによつていわゆる両面フアスナーも本件考案でいう二個の開閉金具を係合させたフアスナーの中に含まれるということにはならない。

特許権なり実用新案権なりは、発明又は考案を一般に公開する代償として与えられる権利であると解されるところ、その出願内容は明細書により公開され、その明細書において、出願当時公知公用とされている数手段のうち特定の一手段を採用したことが開示してあれば(特に他の手段を採用しないことが明示されていなくとも)、権利はその開示され、特許請求の範囲又は実用新案登録請求の範囲に記載されたところに従つて与えられ、その発明又は考案の技術的範囲は、明細書の中には示されない他の(公知公用の)手段には及ばないものと解すべきである。

また、原告の本件実用新案登録出願当時いわゆる両面フアスナーが知られていなかつた場合なら格別、前認定のようにそれが公知公用のものであつた以上、原告が本件考案における二個の開閉金具を係合させたフアスナーの代りに両面フアスナーによる手段を採用して出願したとして、その出願がそのまま登録査定を経て登録され、権利として成立するに至つたかどうかは全く不明であり、いずれとも断定できる性質のものではない。二個の開閉金具を用いたからこそ登録され得たと考える余地も充分ありうるのである。

右のとおりであるから、被告製品における両面フアスナーは本件考案における二個の開閉金具を係合させたフアスナーの単純な設計変更に該当し、両者は均等であるとする原告の主張は結局理由がないことに帰する。

四以上のとおり被告製品は本件考案の前記構成要件(ロ)を充足しないから、他の要件の充足の有無について判断するまでもなく、本件考案の技術的範囲に属さないものといわなければならない。そうするとこれが属することを前提とする原告の請求は、その余の点についての判断をするまでもなく、その理由がないことになる。よつてこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高林克己 清永利亮 木原幹郎)

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